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39章 新月と潜む影





「レイ、人じゃなかったんだ」
魔者、ってことはキュラと同じなんだ。でも人じゃないって言われても違和感ないかも。
すっごい納得できるんだもん。超人って感じかと思ってたけど、まさかホントに人じゃないなんて。
「で、だからどうなるの?」
あれ? レイが一瞬呆れた顔したような。……そういえば、さっきからレイの顔が近くにあるね。
数時間前にもこんなにお互いの顔が近くなったことがあるような気もするけど。
「ある意味では大物だな、お前」
今度はレイが間近でため息をついた。
思いっきり本心が見えるんだけど。褒めてないのが丸わかりだよ。
「あー、なにその表情! それと私は清海って名前があるんだよ!」
叫ぶとレイの耳元がよく見えた。白い肌を隠す鮮やかな青髪と赤いピアス。
ピアスの金具には細やかな蔦模様が刻まれている。そのことに、私は気付いた。
不自然なくらいに顔が近い。
ああ、そういえば。私、まだレイに抱えられてるんだ。でも、違和感を感じたのは。
橋を飛び越えるっていう目的を果たしたのに、もう必要性がないのにレイが放してくれていなかったから。
「お前はバカか。魔物の血をひく奴を見て平然とするな」
「それって怖がれってこと? うーん」
私はレイの目を覗きこんだ。失礼じゃない程度に。というか、改めるまでもなくさっきからお互いに顔を合わせてはいたけど。
近くで見てもやっぱり目つきは鋭いけど殺気が飛ばされてるわけじゃないし。レイの視線は少し痛い。
靖みたいに目を合わせても何の会話もできない。まあ、それは親友の鈴実とでもそうだから出来なくて当然だよね。
レイの瞳の色は青い。キュラは明るい緑なんだよね。二人とも整った顔立ちをしてる。
ほんと、誰かに言われないと気づかないよ、人じゃないなんて。だって、どこが人と違うの?
疑問に思う余地なんてないと思うけど、レイは気になるの? キュラも気にするの?
「今は怖くないよ? 最初はわけわかんなくて怖かったけど」
それに、出会って直後にレイは……ううん、今は思い出さないでおこう。私もレイのこと、悪くいえないし。
故意にやったわけじゃなくても、結果的には変わらないんだよね。謝ってすむなんてこと、ない。
あの人も、魔者だったのかな? 瞳が赤かったけど。
でも、あの時はどうして唱えてもないのに私の魔法が発動したんだろう。
今まで唱えてなくても魔法が発動するなんてこと、なかった。どうしてあんなことに?
「おい」
「……へ? あ、ごめん」
何が悪いのかわからなかったけど私は謝った。うーん、まぁ考えてもわかんないから。それなら悩む必要もないのかな?
レイはまた小さくため息をついた。何よー。
「お前は何を勘違いしている」
「なにを?」
勘違いって、何を。私は本当にレイが何言ってるのかわからなかった。
「お前はあいつを殺し損ねたに過ぎない」
「……。……。……え」
私は目を丸くしてレイを見た。まさか考えてたことが当てられた?
でもレイが私を慰めるなんて無いと思ってたよ、私。
「ほんとに?」
「俺がお前に嘘を言う必要があるのか」
それもそうだけど。レイのことだから、事実はちゃんと肯定するだろうし。
よく考えれてみたらいくらなんでも骨まで消し炭になるわけないよね。
だって、前にあの魔法を使ったときも人影はなくなったけど。話じゃ、消え去ったってだけで。
私は魔法でそうなる瞬間を見たわけじゃない。私は何も見ていない、聞いていない。そうじゃない。
そう考えたら少し心が軽くなった。でも、すぐに鉛が存在感を示した。
キュラをさらいに来たのは他でもないあの人だった。生きて、いてくれていた。
だったらあの時の人もラガが言ったように、なってるのかも知れない。生きているのかもしれない。
たまたま、奇跡みたいな偶然かもしれないけど。信じたさに都合の良いことを考えてるのかもしれないけど。
私は、まだ。誰も、一人も。殺してはいないのかもしれない?
殺人未遂にまで及んでいたことは疑いようもない事実だけど。まだ、人の命を奪ったことはないのなら。
お母さんは、どんなことをしても良いといった。他人の命を奪わない限り、人は人の道を踏み外さずにいられると。
私は歩いていける? 歩いていても、いいの? いいのなら、私は歩いていきたい。人としての道を。

ずっと心の奥で悩んでた事の答えが出て、私は少し気が楽になった。
これからは、魔法ばかりに頼っていちゃいけない。できることは自分でやらなきゃ。
それに使いたくない時にはそれを抑えこむだけの力もつけよう。うん、そうしなきゃ。

「ねえ。私の名前は清海なんだよ」
レイの顔を見て私はにっこりと言い放つ。レイは無言で私を解放すると、片手を自分の額に置いた。
「そう呼べば良いんだろう……」
レイはちらりと額に手を置いたまま私と目を合わせてまた視線を外す。
それからゆっくりと息を吐いた。口が小さく開いて、音を連ねる。
「清海。これで良いな、行くぞ」
なーんか渋々って感じだけど。まあ、ようやく名前で呼んでもらえたから良いかな。
私は快く了承して先を行こうとするレイの横に並んだ。
「それにしても、おっきいねー、あの斧。使える人、いるのかな」
いくら悩んでも、今さら確認のとれないことだってある。それは多分、たくさん。
だからきっと、確認できないから何度も何度も後ろを振り返って後悔し続けるんだと思う。
でも、結論を出せないのなら。考えることを一時放棄させて。まだ、受け入れられないから。
「誰が作ったのかなあ。きっと、作った人も大きかったんだね」
今はもう、悩まない。いつかまた悩むこともあるかもしれないけど。
こうしている間にも時間は過ぎるんだから。いつまでも後ろを見つめてる暇はないの。
そう、自分を奮い立たせて目の前をしっかりと見据えていたら。
私は似合うはずもないドレスを着て、やたらと天井の高い廊下を歩いていた。簡素だけど正装姿をしているレイと共に。
ほんとに、私は今お城の中にいるんだなぁと思う物が視界に映る。
まず、意味もないくらい高い天井と広くて長い床。ここの一階分の高さにはすっぽりと二階建ての家でも入るんじゃないかってくらい。
どうやってあそこまで高くしたのか不思議を通り越して疑問になっちゃう。
しかも天井近くの壁には大きな、巨人じゃないと使えないようなサイズの武器が掲げられてる。
壁は絶対普通の家の三倍以上はあって、廊下の幅は人が肩を並べて歩くにはあんまりにも広くて。
重量級の格闘家が二十人横並びで歩いてもまだまだ大丈夫そう。おまけにすれ違う人もいない。そのことが余計にお城の広さを際立たせる。

「ねぇ、そういえばどこに行ってるの?」
「……」
すれ違う人がいないのはやっぱりあの橋が落ちてるからなのかな。おまけに道はあれだけの人数がたむろするには狭いし。
普通は貴族が飛び越えるなんてことしないよね。まあ、普通の人間は一人でもあの堀を飛び越えるなんてことできないけど。
ましてや女の人だと、ドレスのせいで走るなんてできないだろうし。
あー、でも。あんまり驚かなかった辺り、私もだんだん考え方がレイ基準になってきつつあるのかも。
冷静に考えてみると、ちょっと常識から外れてるよね、レイは。
なんだかんだとここに来てから皆よりレイと一緒にいる時間のほうが多かったし。基準をレイに合わせてたかも。それはちょっと危ない。
私が自分の定規を一般人サイズに修正したところで、ピタリとレイは足を止めた。
黒。レイの顔の横には墨汁色に深く塗り込められた大きな扉があった。あれ、いつのまに? 考えごとしすぎてたのかな、私。
「此処から先は黙って俺の横にいろ」
んー。何をいきなり? 心配するなって言いたいのかな。まあ、聞いたところで想像つかないけどね。
多分、この大きな両開きの扉の先にレイは用があるんだと思う。カースさんの代理だっていう、何か大事なことが。
「誰かに声を掛けられてもなの?」
呼び出しなんだよね、カースさんへの。レイが代理として報告するとして、もしも私に声かけられたら? 何かの確認の時とか。
予め宣言しておくと、私って意外とプレゼンとか発表会って下手だからね。期待しないでよ?
「俺に合わせておけば問題は無い」
「なんだぁ。相槌打っておくだけで良いんだね?」
良かった。さっきみたいに身元とかを訊ねられたら、とても答えれないよ。
レイなら上手くごまかしてくれるよね。私はそれにうん、って答えれば良いだけだから。
ああいや、なんか公式の会議っぽい場所そうだし。はいって返事したり丁寧語使わないといけないよね。
……。なんだか、自信がなくなってきた。うー、悪いけど本当にレイ任せにするよ?
「そうだ。余計なことは一切喋るな、わかったのなら――」
最後の念押しとばかりに、レイが目線を合わせた。私は声を出さない代わりに頷く。
そう、もう私はお喋りをしない。今しているようじゃ、いけない。
私の判断は間違っていなかったようで、何も言わずにレイは扉をノックした。
入れ、という板越しの声があった後でレイは扉を内側へと押し開ける。
そういえば。レイって、黒コートを着たままで良いのかな?
危険人物だって判断されない? さすがにネックレスとピアスは入る直前になって外していたけど。
いや、こういうことじゃなくて。礼節をわきまえてることに違和感感じたのかな、私は。
いろいろと考えを巡らせているとレイが何かを喋っていた。
「――――です」
え……え。えーっ!? 今、レイが敬語使った!? 信じれない!
夢でも見てるのかな。私は石化した。あまりの衝撃に口も噤んだまま、さすがに眼は見開いてしまったけど。
動けないでいるとレイが手首を引っ張った。いつの間にか大きな扉は開いてる。あ、固まってる場合じゃなかったんだ。
私はおそるおそる入った。お城の部屋ってどうなってるんだろう……うわー、うわー。
廊下を歩いてた時は全然感じてなかったプレッシャーが今私に降りかかる。一体どんな人たちがいるのかな。

視線だけを動かして、左側から広い部屋の中央まで見まわしたところで私はまた石化した。
部屋の最奥では、あのチビことカイルーンが両脇に大人を従えて豪華な椅子に座っている。
まさかあの椅子って。あれって、玉座? うわ、ホントにほんとにあいつって王様だったの!?
まだあのラーキとかいう人のほうがわかるのに。それにあのチビの傍にいる大人は槍と盾を持ってない?
なんで兵士がいるの。警戒体勢? 私は仕方ないとしても……レイまで疑うのかな。忠誠、誓ってないのかな。
まあ、レイが誰かに忠誠を誓うなんて全然考えられないけどさ。人に頭を下げるようなタイプじゃないし。
カイルーンの近くにいる兵士が鋭い睨みをきかせたまま、低い声で何か言った。
それに応えてレイは信じられないくらい上手に、相手に違和感を感じさせない敬語を使う。
その証拠に部屋にいる人間、私を除いては普通に耳を傾けてる。
私が呆然としている間にも話は進んでいく。喋るなって言われたけど、驚きで声がでないよ。
変わり身の早さに、ついていけない。これがあの傲岸不遜なレイですと?
レイが敬語使うなんて、今でも信じれない。誰かに命令するレイならわかるけど。
他人に向かって、レイが自分からだよ? しかも権力者に向かって!
私の耳にはレイの声だけが頭の遠いところでスルスルと入っては通り抜けていった。
何で精神的ダメージを私が受けるのか知らないけど。でもショック大きいよ。
もう、レイ以外の声なんて聞こえもしなかった。レイとあのチビ以外、顔見知りいないし。あのチビは一言も喋らないし。
自分で思ってるよりかなり威力があった。だってレイだよ? あのレイだよ。
レイはいっつも周りなんて関係ないって感じだし、絶対私のことなんて気にもとめてないし。
冷血で。あ、でも街で……ううん、多分あれは聞き間違い。ああ言ってくれたのに聞こえたのは違うのかも。
呟きはレイの雑踏の中に聞こえなかったはずだし紛れたから、よくは。
あ、今の私ちょっとパニック気味? さっきから文法めちゃくちゃ。支離滅裂! ……私利女吊れつ? あれっ。
こ、ここは大人しく頭を鎮めよう。あ、違った冷やすものだった頭は。
うん……まずは、瞼を。下ろして、息を。落ち着けよう。そこ、そこからだよ話は。

「それと、その娘はなんなのだ」
突然、私のことについて訊かれた。あのー、そこの皆々さま? 何なんでしょうか、その痛い視線は一体。
……あ、私は何も言わずにレイに話を合わせなきゃいけないんだっけ。
レイが私の顔を見つめる。何だろ。私はとりあえずレイにニッコリとしておいた。
本当は少し、面白くなかったりしたけど。でもレイの顔見てれば何とかなるよね、多分。
それにまさか話なんてきいてませんでしたー、なんて言えない。もし言ったらメーディラさんみたいに?
喉に剣、突きつけられたく、ないなぁ。レイってぜーったい、冗談は口にしない人間だもん。やるとしたら本気だよ。
「私の許婚です。フュディ殿には申し訳ないのですが、例の縁談の件を断らせて頂きたく連れて参りました」
いいなづけ、私がレイの。え、それって…………あ、嘘なんだこれ。
不意に私は合点した。心の中で、私はぽんと手を打った。そういうことなんだね、全部。
レイは縁談を断るために私を連れてきたってこと。あー、そっか。そのために出会って数日の私を。
私はようやくレイが私を連れてきたことの目的を知った。メーディラさんが嫌がる理由もそれだ、きっと。
「それは、まことか?」
兵士の更に横、少し年のいったお爺さんが私に話し掛けてきた。この人がフュディさん?
「はい」
私自身、驚くほどしっかりと答えられたと思う。
だって。レイが結婚するのってなんだか見るに耐えられないんだもん。
レイと結婚したらその相手の人、相当苦労するよ。それは相手の人がかわいそうだから。
それに想像つかないもん。レイに誰かを幸せにできるとも、する気があるとも思えない。
私には、これがこの場限りの嘘だってわかってるから言い切れた。
レイは縁談を断りたいと思ってるんだし。それなら良いと思った。誰も困らないのなら。
これで良いんだよね、と視線を向けるとレイは何も表情を見せなかった。特になにもなし。
玉座に座ってるチビが私を見て何か呟いた。まさか、あの時の私だって気づかれた?
髪の毛はいつもよりふんわりしてるけど、変装しているとまでは言えないから普通は……気づくよね。
「それでは」
そんな時ちょうどグッドタイミングでレイが部屋を去ろうとする。その後姿を追おうと私も背を向けた。
「あ、待て! お前は……清海だろう」
うっ、気づかれてた。こんなとこじゃ逃げるに逃げれないかも。おそるおそる、ごめんねという気持ちで私はレイの顔を見上げた。
レイは振り返り、部屋全体に辛うじて届く程度の声で静かに言い放った。
「私の許婚に何か?」
そう言い、レイは私の手をひいた。まるで見せつけるかのよう。
指が絡み合う感触に私は一瞬ではっとして止めていた足を動かし始めた。
他の人たちが呆気にとられて動けない間にレイと私は部屋を後にした。
でも待って。さっきのあれは一応、敬語は使ってたけど……目上の人に使ってあんな口の利き方をしていいの?
私は妙なことに疑問を持ちながらも手をひかれるまま歩いていくしかなかった。



「あー、助かったぁ」
開口一番がそれか。普通は他のことを言うだろう。
こいつは時々、俺が予測もしなかったことを言う。あっけらかんとした、なんでもないような顔で。
まさしく住んでいる世界が違う、と言えるのではないかと出会ってからというもの何度もその考えが頭の奥でちらついた。
「お前な」
こいつは何もわかってない。まあ良い、あの世話好きじじいも許婚がいると言えば引き下がるだろう。
こいつを連れてきたのは正解だった。家督を継ぐ可能性のあるメーディラよりは信憑性がある。
それに……いや。この場合、俺の趣向などどうにもならない。それ以上は考えるんじゃない。
「ねぇ、早くここ出ようよ」
こいつは俺の思っていた以上にしっかり返答をした。大丈夫かと思ったが、意外と演技が上手い。
あれであの場の全員は騙すことはできただろう。これで済ませることは済ませた。
確かに、もう此の場に居る必要はない。むしろ長居は無用だ、未だに此処は魔帝の権勢が押さえたままなのだから。

幽かにだが、地響きがある。地響きと共に来るはシェル国が誇る王の親衛隊たちだ。
まあ、実際にあの王を慕っている者など親衛隊たちには一人としていないだろう。
名目上は王の直属機関となっているが、実際には血気盛んな下流貴族の集まりだ。
すぐにも来るな。確かこいつはあのガキを蹴り飛ばしたという話だ。プライドだけは高いからな、奴らは。
確か、カイルーンの他に親衛隊長であるカバル他数名を散々に叩きのめしていたという話だ。
バカバカしすぎて怒りも沸いてこない。これ以上の醜態はないというのに、まだ恥の上塗りをするのか。
それはともかくとして、親衛隊に出動命令を下したのはどいつだ?
カイルーンだという線はない。奴は、名ばかりとはいえ直属の配下も操れはしない。
王としての器を問うには、まだ未熟だ。あんな状態で一つの国を治められるはずもない。
玉座にただ座っていれば何もしなくて良いという奴が国王に据えられるようではな。この国が滅びるのも時間の問題か。
じいさんがいなくなれば、すぐにでも崩れる。そこに反乱分子でも現れてくれば一巻の終りだな。
まあ、反乱という国内の規模ではなく。現に今、水面下のこととはいえ隣国から戦争をふっかけられてるわけだが。
ルネスが死んだことが公となり、他国へ伝われば好機とばかりに攻め入れられる。それほどに今、この国は弱体化している。
じいさんの計画では、敵国の下層階級から反乱を起こさせ、ゆっくりと戦力を削るというものだったか。
俺は全てを知るわけではないから、じいさんが腹の奥底で何考えてるのかまでは知らない。
じいさんにはさっさと復活してもらいたいもんだ。毎回、この代理での登城は面倒以外のなんでもない。
ましてや、ルネスの死んだ今となっては。本当に意義がない。
だが面倒ごとは今のところ、もう一つある。そして時間もない。全力を出すしかないな。
意識的に曲がり角の多い道を辿ってきた。だからこそ姿も音もまだ遠いように思えるが、その実かなり近い。
いい加減、清海も感づいたらしい。追手が間近にまで迫っているということに。そうだな、そろそろ頃合いか。
「この地鳴りって、まさか……ねえ、レイ」
「俺も捕まるのは御免だ」
俺は歩みを疾走に変えた。捕まって詮索されるとなると後々面倒だからな。



お城の中で私とレイは走り続けていた。後からはたくさんの兵士が追ってきてる。
「待て――!」
うっひゃぁー、お城中の兵士が次から次へと出てくる出てくる。そこまでして私に謝らせたい?
もー、プライドだけはいっちょ前だよね子供って!
「待てって言われて待つわけないよ。ね、レイッ」
あー、もうホントに走りにくいなぁこのドレス。でもこれにしといて良かったかも。他のを選んでたら絶対に走れなかったよ。
これでも一応長い裾を持ち上げれば全速力近くまで出せるけど……でもやっぱ走りにくいし!
「遅い。全く……暴れるなよ」
「え? わっ」
レイが近づいて来たかと思うともう私は横抱きにされていた。咄嗟に落ちまいとして私はレイの胸元に手をあてる。
私が横で並走するよりも、レイが私を抱えているほうが遥かに速かった。
「……器用だね」
私の呟きに返事はなかった。言葉も視線も。
確認のために後ろを見ると、追っかけてくる兵士を引き離していきつつあるのがわかった。
首を元の位置に戻すと正面には大きな堀があった。出口だ、もうそこまで来てたなんて。
来る時は問題なく越えられたけど。大丈夫かな、レイ。もう疲れてたりとかしない?
「ちゃんと掴まっていろ。振り向くな」
え、そんな。飛び越える五秒前に言われても。私は掴んでいたレイの黒コートの部分を握り直した。
不安だけど、だからってどうしようもなかった。何か喋ろうとしたら舌を噛むような状態だし。揺れが酷いよ。
でも、私の心配は取り越し苦労だったみたいで。
来た時と同じようにレイは難なく大きな堀を飛び越えた。普通なら、絶対にありえっこないことだよ?
ああでも、これで追手もいなくなるよね。
そのままお城を離れて、レイは人通りのない横道へと入っていった。
ようやく、ジェットコースター並みの揺れが収まる。あー、私が絶叫系マシンに強くて良かった。
ぐったりとした面持ちで空を見上げると星々が煌めいていた。新月の夜だから、輝きはいっそう強く。







NEXT

気構え。 今は受け入れられないから、目をごまかす。けれど無意識のうちに認めていくことが出来るかもしれない。 何かを共有した者がいるだけで、知らずとも抑圧は薄れるから。だから、前途多難な中反らすことを少し見逃してもらう。 ま、人の命を奪っても。なお、人の道を歩いていける人もいないことはないのですが。それは自責の念に負けなければの話。 重要なのは他人からの裁きを回避できるか否かではないのです。自分を堕落させるのは自分の心なのだから。